2023年2月26日日曜日

四十九日法要を終えました。






















しまうま、大変バタバタして、、、
拙ブログのアップが遅れましたが、無事、2月13日、四十九日の当日に、家族の法要を執り行うことが出来ま
した。

前日の日曜は、とても暖かく、良いお天気だったのに、この月曜日は雨の上、極寒。
そのような中、遠く九州から、また、ご高齢にも関わらず、お集まり下さった親族の皆様に、本当に、心から
感謝、感謝の一日でした。


悲しみの中にも、振り返ってみると、良いこと...、と表現して良いかどうかは憚られますが、感じ入ることが
沢山ありました。

・警察の方が、一本の110番通報に迅速に対応下さり、救急を手配下さり、病院に搬送下さったこと。
 ※普段は用心深く施錠していたのに、その時は、偶然、ベランダの鍵が開いていたことで、直ぐに救出して
  いただくことが出来ました。

・頭部を打った瞬間に意識が失くなっており、ERの先生が、「今回の、唯一いいことは、この状態では、痛み
 も苦しみも感じていないことです」と仰ったこと。また、顔には内出血の影響なく、綺麗なままだったこと。

・家族が、予てから「自分に何かがあったら診て欲しい」と言っていた医師の従弟と連絡が取れ、今後の判断
 を仰ぐことが出来たこと。

・意識は無いものの、心臓は動いていて、最後の瞬間に立ち会うことが出来たこと。
 ※しまうま、昔からの言い伝えを信じていて、霊柩車が通ると、必ず親指を隠して来ましたww

・警察の方が迅速に対応下さったことで、葬儀場の4つしか無い、最後のひとつの安置室に入ることが出来た
 こと。

・しまうまに、年末年始に仕事が無く、2週間先の葬儀の日迄、毎日安置室に会いに行くことが出来たこと。

・葬儀のお部屋が、亡き家族の時と同じ所しか空いていなかったこと

・しまうまも、通院をサポートした月一回の歯科の調整により、入れ歯が見事にピタッと合い、綿などが必要
   無かったこと。
 ※みなさん、歯は大切ですww

 ・火葬場も、とても丁寧なお仕事振りな、父の時と同じ方が担当して下さったこと。
 ※お声に特徴が有り、覚えていました。実は、その筋では有名な方らしくw、火葬場は居住地が基本であるもの
  の市を跨ぐことも出来るようで、わざわざ近隣から「彼に、お願いしたい」と言う方もいらしゃるのだそう...

など、まだまだ沢山あるのでw、追って、また、綴っていこうと思います。


2019年の11月末に自転車で転倒して以来、「要介護1」の認定を受け、しまうまも一緒に伴走した 3年間でした。
この3年程、毎日、どうしたら良いだろう...、と考え、悩み、喧嘩もし、文句も言い、愚痴も聞いて貰い、共に
笑い、美味しいモノも食べ、中には不味いモノもありww...
コロナ禍により、積極的には行けませんでしたが、少しだけ旅行にも行くことも出来ました。

体幹のバランスを崩すことが多かったのですが、それ以外は、よく食べ、よく眠り...
このままだと、90歳は軽々...、ひょっとして100歳迄行けるかも???...、なんて思ったりして、「しまうまが
先に逝く訳には行かない!健康に気を付けなきゃ!」とさえ思っていました。

それが、ほんの3年で、突然、断たれてしまったことは、悲しいのですが、今振り返ると、この 3年間は天から
与えられた「贈り物」だったと思います。

夜、床に就いて、朝、目が覚める...、そんな当たり前のことが、全く当たり前では無いのだ...、と言うことを
改めて実感して...
そう言う自分には、また、朝が来る。

そして、人が生きている...、と言うことは、本当に凄いことなんだ...、と思い、「生」は愛おしいと思うと同
時に、両親が天に旅立った今、「死」は直ぐ隣にあるもの、決して忌み嫌うものでも、怖いものでは無いこと、
しっかりと自分の「死」も見据えて、生きて行きたいです。

写真は、昨年の「敬老の日」に贈った『和久傳』の包装紙に「有りがとう!しまうま 母より」と書いてありま
した。包み紙を、こんな風に取ってあるなんて、思いもしませんでした。
いろいろなことに、感謝をしていた家族でした...

自分の気持ちを整理する上でも、また、ブログを続けて行きます。

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